2024/02/24 18:15

こんにちは。手染め毛糸のPalettieです。今日も今日とて、ニット愛のブログです。
(今回の「ニット」は、「編まれたもの」という意味で使っています。)

まずは、この記事を書くことになったきっかけから...

それは少しニットとは離れます。私は、バレエという分野に、全く詳しくないのですが、それでも、なぜか惹かれてしまうバレリーナ(ダンサー)の方が何人かいらっしゃいます。何かの雑誌か、動画だったのか詳細はもうよく覚えていないのですが、何らかのきっかけでお見掛けして気になった方々が、バレエという分野でご活躍されていたという感じです。お見掛けして以来、私は、たまに、彼女たちの表現(舞台に関わらず)を拝見するのが楽しみになっています。数年前に足を運んだ舞台では、言葉や歌を発することなく、躍りで表現する彼女たちの世界にあっという間に引き込まれていました。幕が下りた後も、電車に乗った帰り道も、高揚感に包まれていたことを覚えています。

さて、そのうちのお一人が先日来日し、公演をされていました。そして、その公演に合わせたようにその方を特集した空間があるのを見つけまして・・・、今回のブログは、その空間まで少し足を延ばしてみてからのお話です。(このブログ、ニットと関係あるのかな?という始まりなのですが、ニット愛について書いてあります。ただ、ニットは、出てくるのですが、手染めの毛糸にほとんど関わらない上に、長文です。なので、もし、お時間があるときに、お茶のお供にでもお付き合いいただける方は、お付き合いいただけたら幸いです。)


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私がその特別展の空間に立ち寄らせてもらった時、太陽の優しい光が大きな窓から差し込んでいてなんとも柔らかい空気に満ちていたのが印象的でした。そこには、彼女が子供の頃のコンクール出場時に着用した衣装や現在の舞台の衣装、トゥシューズ、メダルなどが展示されていました。そして、私は、その中に、少し意外に感じたものを見つけました。それは、ちょこんと、でも、大切そうに飾られた、カラフルで小さい手編みのレッグウォーマーでした。そのレッグウォーマーは、おばあさまが編み始めて、お母さまが引き継いで編みあげられたそうで、その横には、「元気がないときに身に付けるとパワーがもらえます」との言葉が添えられていました。


それを見たとき、何とも言えず、きゅんとしてしまいました。体の力がふわりと抜けるような、体の中心がほっと暖かかくなるような。そんな感じがしました。


実は、レッグウォーマーにまつわるエピソードの展示は他にもありまして、もう一つは、彼女が長年練習で使用していて穴もあき、(彼女の言葉を借りると)「ぼろぼろになって」きているレッグウォーマーを今もとても大切にしているということでした。


彼女がエトワールになる前から私が拝見していた彼女の姿は、

どちらかというと、凛々しく、もしくは力強く、もしくは華麗に、もしくは可憐に踊られているステージ上の彼女であったり、

練習に懸命に取り組む彼女であったり、ハイブランドのドレス姿のパブリックな写真で表現された彼女であったのですが、

それらのレッグウォーマーは、彼女のステージに上がるまでの内面をすこし感じさせてくれるような存在でした。

...きっと、もう、その二つのニットのレッグウォーマーは、彼女にとって、ただのニットじゃないんだなと。ちょっとしたお守りのような、世界に一つしかない特別な心のよりどころ、一緒に切磋琢磨してきた心の相棒のようなものなのかもしれないな、とも感じました。


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さて、なんで、あんなに、ほんわかする気持ちになったのか?と、あの展示の空間に行ってから、ずっと気になっていました。
あまりにもあのレッグウォーマーの印象がとても強く残っていたので、なぜ気になるのかを少し考えてみることにしました。


それは、私がニット好きだから?、

レッグウォーマー好きだから?
(レッグウォーマーが好きで、私の心の中にも思い出の手編みのレッグウォーマーが2本あるから?(私自身は既にその2本を手放ししてしまったからこその憧れか?)、

手編みの小物が好きで、彼女のレッグウォーマーが手編みだったから?、

彼女の雰囲気が好きだからもう盲目的に好きなのか?...

初めは、どれも当てはまりすぎて何が一番大きな要因なのか分からなかったのですが、そのうちに、

あのサロンには、他にも、彼女が大切にしているものがいくつも展示してあり、恐らく、彼女は物に込められた周りの人々の気持ちや自分自身の気持ちを大切に慈しんでいるのだろうなと感じたこと。そして、その延長で関わる人たちとの絆のような、周りの方々とはぐくまれている優しく大切な関係性の一旦に触れさせていただき、私の心がとてもほっとしたのだろうなと思うようになりました。

そこから、ある芯の強さで柔らかく周囲を包む人であるというところに強く憧れたのだとも気が付きました。
(私は、自分にとって大切なことを大切にし続けるということは、ある種の強さだと思っています。
というのも、以前の私は、日々の瞬間瞬間、自分で自分の気持ちを手放してしまう時も多々あったから。)

手放してはいけない大切なもののような気がしているものが一貫してあの場所に合ったこと。

それを目の当たりにしたことがとても大きかったのかと思いました。

大切なものを大切にしながら、柔軟に懸命に切磋琢磨、自己鍛錬してきた軌跡とこれからを感じさせてくれた展示は、私自身の今の在り方も確認する機会にもなりました。


(それにしても、今回のことで、エトワール(星)という言葉は、本当にあの方たちを表現するのによく合っている言葉だと思いました。暗い夜空で静かに輝いている、目が離せなくなるような存在。あるときは、航海の指標になるように。あるときは、見ている側が、自然とまた少し背筋を伸ばすために一呼吸して自分の人生を見つめ直すきっかけを与えてしまうな存在だなと思いました。)


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もしかすると、ただ単純に、私は、誰かが大切にしているものの話を聞くのが好きなのかもしれません。
何かを大切にできているのは、それは、きっと、その人がその人自身を大切にしていることにつながる気がしているから。


そして、今まで、ニットが、そういう誰かに寄り添う存在になってきた場面に出合うことも多くて、今回も、予期せぬところで、出合ったエピソードに、改めて、やはり、ニットいいなぁと感じてしまいました。


そして、「そうか」と。一人で、納得しました。

私が手染め毛糸をご用意している引力のようなもの。それを一言で表すと「寄り添うニット」だったのだなと。

編んでいる人や身に着けている人に寄り添うもの

そして、願わくば、色の源である植物たち、毛の持ち主である動物たち、彼らと一緒に生活を共にしている人々、そして、毛から糸の形にしてくれている人々・・・。そして、願わくば、この先々の人々や環境にも優しく寄り添えるような形であってほしいという気持ち。
もちろん、私自身の活動も、私の心に寄り添うものであるようにと。


「寄り添うニット」


単純に、ニットがそういう存在になるポテンシャルを持っているところも、いいないいなと思います。
誰かの大切な毛糸やニットを拝見させてていただくのも嬉しいです。とても貴重です。


新しい年が始まって、


私は、いつか、誰かのそんな存在になるような毛糸を並べられていられたら嬉しいなと思いながら、


日々、毛糸を染めているのだなと再認識しています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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最後までお付き合いいただきありがとうございました。
長くなったので、今回は、このへんで。それでは、引き続き、素敵な一日を。



写真は、文章中のレッグウォーマーとは関係のない、ある日のスワッチです。こちらの毛糸は、手持ちのソックヤーンで、私の手染め毛糸ではないのですが、ニットつながりで...。